タイの農業事情とホムトンバナナの位置づけ

 

1.概況

 タイは世界に年間 180 億ドルの農産物を輸出している世界で第14位の農産物輸出国。主な輸出品目は米、天然ゴム、キャッサバ、エビ、チキンなど。中でも日本は最大の輸出先で全農産物輸出高の約10%前後が日本向け輸出である。主な品目はチキンやエビの加工品、天然ゴムなどとなっている。もともと農業を経済の基盤として発展してきた国であるが、1980年代後半以降、急速に工業化が進展したことにともない、国内総生産や輸出に占める農林水産業の割合は低下傾向にある。しかしながら、農林水産業は依然として国民経済を支える主要産業のひとつであり、経済活動人口の約5割が農林水産業に関係している。

 

表1 国民一人当たりGDP比較 単位:バーツ/人
  農業部門 非農業部門 全GDP 農/非農格差
1960年代前半 4,207 17,708 7,778 01:04.2
1960年代後半 7,775 26,782 10,604 01:03.4
1970年代前半 4,487 35,489 13,038 01:07.9
1970年代後半 5,266 40,030 16,322 01:07.6
1980年代前半 6,051 51,324 20,870 01:08.5
1980年代後半 6,596 59,662 25,559 01:09.1
1990年代前半 8,173 92,214 39,498 01:11.3
1990年代後半 8,751 115,444 50,520 01:13.2
2000年代前半 13,232 102,169 52,078 01:07.7

 

 農地面積は国土面積の41%に相当する21万560平方キロ。このうち稲作地が50%、天然ゴムが9%、キャッサバ6%。ただし灌漑が整っているのはわずか21%に過ぎず、生産性は低い。
地方別に見ると稲作地の比率が高いのは東北部の66%、北部の51%、中部の41%などとなっており、国民の主食でありかつ主要輸出品目である米の生産を支えているのが所得水準が低いとされる東北部、北部の農民であることが鮮明になっている。一方所得水準が高いといわれる南部では天然ゴムやパーム椰子、ドリアン、マンゴスチンなどの果樹栽培が盛んで全農地の78%を占めている。
 農家世帯人口は総人口の38%に相当する約2510万人、農家世帯数は約578万世帯。農家一戸当たりの平均農地保有面積は約3.64ヘクタールで、5ヘクタール以下の農家だけで全体の75%を占める。つまり農業国タイの農業生産を支えているのはこうした小規模な零細自作農家であり、大規模な企業型経営のプランテーション農業はこの国では余り一般的ではない。

 

表2 地方別の状況(2009年)
  単位 北部 東北部 中部 南部 合計
農家所得 バーツ/世帯 212,796 155,037 376,962 300,216 223,296
農業就労人口 百万人 3.822 8.061 2.5 2.504 16.887
農家世帯数 百万世帯 1.337 2.768 0.859 0.911 5.875
農地面積 万ha 458.24 929.76 410.56 307.04 2,105.60
稲作面積 万ha 232.48 613.92 169.92 40.96 1,057.28
穀物類 万ha 142.88 174.56 118.88 0.96 437.28
果樹類 万ha 50.72 62.08 85.28 240.32 438.4
畑作物 万ha 5.6 4.64 6.88 1.92 19.04
牧草地 万ha 2.88 8.64 2.88 1.76 16.16
宅地 万ha 15.52 23.52 12.48 9.12 60.64
放棄地 万ha 3.2 24.96 3.84 4.8 36.8
その他 万ha 4.96 17.6 10.4 7.2 40.16

 

表3 主要農産物の生産概況(2010年)    
作物 栽培面積 前年比 総生産量 前年比 単位当たり収量 前年比
  百万㌶ (百万トン) kg/㌃
雨季米 9.13 -0.8 22.36 -4.81 24.8 -1.73
乾季米 2.44 22.74 8.86 5.23 36.4 -14.29
飼料用とうもろこし 1.14 0.14 4.28 -10.83 39.1 -3.69
キャッサバ 1.21 -11.89 20.15 -27.91 188.3 -16.95
サトウキビ 1.05 4.61 70.89 -5.19 681.4 -1.78
大豆 0.12 0.94 0.187 -3.61 15.8 0.4
天然ゴム 1.93 4.05 3.15 1.94 16.3 -1.88
パーム椰子 0.58 14.11 9.03 10.66 155.2 -3.01

 

表4 主な輸出品目 (2008年実績)
品目 輸出量(万トン) 世界市場シェア 輸出高ランク
1,022 35% 1
天然ゴム 269 45% 1
キャッサバ 448 70% 1
加工パイン 56 40% 1
エビ 36 16% 1
チキン 38 5% 5

 

2.タイのホムトンバナナ栽培の状況について

 タイ全国のホムトンバナナの栽培面積は2010年実績で13,800ヘクタール。生産量は24万2000トン。このうち輸出されたのが約6700トン(全体の2.8%)で残りは国内市場で流通している。輸出高は年間約9500万バーツ。主な輸出先は日本、中国、ラオスなど。主要生産地はペッブリ県、チュムポン県で、両県で全生産量の約4割以上を占めている。この他にノンカイ県、スラタニ県、サラブリ県など。
 数字を見れば明らかな通り、ホムトンバナナは輸出農産物としてのウェイトは非常に低い品目である。栽培面積を見ても他の主要農作物とは肩を並べられない小規模であり、こうした政府統計が整備されているだけでも意外と言える。これには考えられる理由がある。
 私は数年前、突然タイ政府農業・協同組合省本庁に呼び出されて事務次官に引き合わされたことがある。その時に自分を呼んだ理由について、「ホムトンバナナの日本向け輸出をもっと伸ばし、フィリピンと肩を並べるくらいにしたい。どうしたらできるか」を尋ねるためだったと聞かされた時は呆れると共に驚いた。当事から私たちが取り扱っているホムトンバナナの輸出量は年間2000トン前後に過ぎず(それでも日本向けのホムトンバナナ輸出では我々が最大手なのだから、政府当局が考えていたことがどれだけ現実離れしていたかが分かるというものだ)、とてもじゃないが年間75万トンを日本に輸出しているフィリピンの向こうを張ろうなんて無謀なことだと素直に思った。だが彼らは真剣だった。よくよく話を聞くとそれまでの十数年間で私たちが中心になって地道に進めてきたホムトンバナナの日本向け輸出事業を高く評価しているという。どこを評価してくれているかというと生産を担う農家について農協などの農家団体を生産を担うベースと位置づけ、地域に根ざした形で生産を推進してきたこと、そして日本の供給先も生活協同組合がメインで、協同組合同志の交流をベースにした息の長い取組をしてきている点だという。それは彼らが指摘した通りである。ただ彼らはそこから発想が飛躍し、同じような形で全国の農協にバナナを生産させればフィリピンと肩を並べられると考えたようである。その発想の是非はともかくとして、その頃からホムトンバナナはタイの政府当局にとって戦略的に重要な農産物に位置づけられたと私は理解している。たとえ生産規模が微小であってもある程度統計を取るようになったのはそのせいだと思われる。

 

3.タイの農業の将来とホムトンバナナの位置づけ

 我々の力不足もあって、その後もホムトンバナナの対日輸出はフィリピンと肩を並べるには至らず、我々のような微弱な企業が依然として最大手の座に座っている状況が続いている。タイにはバナナの対日輸出にかけては最大手のドール社も現地法人を設立しているが、彼らが日本に出荷しているバナナはフィリピン産であり、タイのドール社はパイン缶詰の製造と輸出がメインである(ちなみに表4にある通り、パイン缶詰の輸出量はタイは世界一である)。なぜドールがタイのバナナには目もくれないのか、直接話を聞いたわけではないので分からないが、単純に推測すればやはり「割に合わない」からなのではないか。
 バナナ作りのノウハウは我々は恐らくドールの足元にも及ばないが、彼らにとってバナナ作りはやはり大規模な農園でのプランテーションによる一括管理が前提である。「割に合う」バナナは確かにそういう集中的な栽培による方法が最も近道だと私も思う。
 前述したとおりタイは零細自作農家が多く、農地の保有は細かく分散されていて大地主制は余り発達してこなかった。植民地化を免れたことが大きく作用したと思われるが、そのことが大規模なプランテーション農業が余り発達してこなかったことと関連しているように思われる。輸出向けバナナの栽培にとってプランテーション農業がやりにくい、という地盤は決定的な欠陥とさえ考えられていたのではないか、タイがバナナの対日輸出拠点となり得ていない背景にはそうした点も作用しているように思える。
 しかし我々はそういう環境の中で何とか今までホムトンバナナを輸出し続けてきた。もちろんフィリピンに対抗しようと考えたことなどなく、従ってプランテーション農業を志向しても来なかった。むしろ我々は逆に零細自作農家が作るバナナを集約し、彼らの所得の安定・向上や農業をベースにした農村社会の地域おこし・地域づくりを支援することを志向してきた。
 世界的な潮流として、これからの農業は大規模化・企業化すなわちプランテーション農業に近い形に集約していくと言われている。そうでないと生き残れないだろうというのが主流の考え方になりつつある。我々がやってきたこと、そしてこれからもやっていこうと考えていることは従って時代に逆行しているのかもしれない。タイという国には今も色濃く農村社会のコミュニティが残っている。その農村社会を構成している、零細自作農家の農業が成り立たなくなったらそのコミュニティは消えてなくなるという危機感が私にはある。
 もちろんタイの農村もすでに自給自足ではなくなっているので、零細自作農業を長期安定して成り立たせるというのは現代では大変なことだ。どうしても「売るための農業」に取り組まざるを得ず、従って相応の栽培管理や品質水準が要求されてくる。それを企業化という路線に向かわずに、地域社会に根ざした形に展開していくには、農協などの農家の組織にある程度の役割を担ってもらうのが望ましいと我々は考えている。
 我々がやっていることはビジネスと呼ぶのもおこがましいほどちっぽけな取組である。我々のホムトンバナナの取組がそのままタイの農村コミュニティを守るなどとうそぶくつもりも毛頭ない。しかしそんなちっぽけな取組でも、上記のようなことを志向してやっている、ということにご賛同していただける方にはそれなりの価値を見出していただけるのではないだろうか。
 タイという、農村コミュニティがまだ生き生きとしている国が、その活気を失わずに今後も農業国として発展していくには、我々のホムトンバナナのような取組がもっともっと地域の中で生まれていくことが望ましいと私は考えている。それは「フィリピンに対抗しよう」というタイ政府の思惑とはちょっと違うかもしれないが、企業型の大規模なプランテーション型のバナナ農園で、かつて自作農だった人たちが労働者として働く姿と引き換えに「バナナ輸出大国」という称号をタイが得ても、私は無論のこと当のタイ人も光栄には思わないのではないだろうか。

 

パン・パシフィック・フーズコーポレーション株式会社
専務取締役 小山 潤

 

 

 

 

 

 

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